2025.11.18

金沢SDGsツーリズム推進事業者インタビュー[金沢之旅宿あけぼの]

市民の日常と
旅人の非日常をつなぐ
サステナブルな町家宿。

外資系IT企業を経て京都大学経営管理大学院に入学し、観光MBAを取得した山本さん。現在は京都に暮らしつつ、足しげく金沢に通う。

金沢21世紀美術館や兼六園から徒歩約10分。金沢市本多町界隈は、かつて加賀藩家老・本多家の下屋敷があった地区です。細い路地が続く金沢らしいまちなみが今も残り、人々が当たり前の生活を営んでいます。
「金沢之旅宿あけぼの」は、そんなまちの一画にある一棟貸しの宿です。「金澤町家」に認定されている築150年以上の建築物を改装し、202412月にオープンしました。
あけぼのの運営を行う観光ベンチャー・株式会社KICKs代表の山本健人さんに、開業の経緯やサステナブルな観光の取り組みについてお話を聞きました。

―立派な町家ですね。外から見ただけでも、地域に溶け込みつつ、非日常が感じられるすてきな宿だということが分かります。

建物の歴史は定かではないのですが、記録上は築150年以上になります。実際には江戸後期に裕福な商家が建てたものらしく、明治、大正と各時期に増改築を重ねてきたようです。近年は改修を経てフォトスタジオとして使われていた時期もありましたが、しばらくは空き家になっていました。私が初めて訪れたときは、お庭に雑草が生い茂った状態で、能登半島地震の影響で灯篭が倒れ、瓦の一部が剥がれ落ちていました。
宿を開業するにあたっては、建物に刻まれた歴史を尊重し、最低限の工事にとどめました。170㎡の空間全体もそうですし、欄間、ふすまの引手、障子の組子細工など、細部にも町家の魅力が潜んでいます。明るくなった庭には四季折々の花が咲き、鳥や虫などの生き物もやってきます。

本多町の一画、地元住民や学生が行き交う路地に面した「金沢之旅宿あけぼの 」。塀の上から庭木の枝が高く張り出し、まちの風景に潤いを与えている。
中庭に面した気持ちの良いお座敷。テレビは置いていない。建具の意匠、庭の設計思想など、建築物としての見どころも多い。

―朝、小鳥のさえずりで目覚めたり、縁側で読書をしたり、夜はお庭に出て月を眺めたり…。当たり前のようですが、忙しい現代社会では特別な体験ができますね

SDGsな観光の視点から見ると、「金沢の当たり前の日常」「昔ながらの暮らし」は、他にない素晴らしい価値を持っています。
あけぼののお客様の7割は海外からの観光客です。皆さん町家のしつらいに感動しきりなのですが、特に好評なのは、この立地の静けさと、能登・七尾の高澤ろうそく店のお香のかおりです。冬に雪が積もったときは、ブラジルからやってきたお客様が大喜びで雪かきを手伝ってくれ、その後は一緒にコタツに入ってひとやすみしました。特別なことは何もありませんが、それが何よりのおもてなしになっているんです。
自炊を含め、いろんなことが宿の中で完結できますが、同時にまちを楽しんでほしいとも思っています。混雑を避け、静かな時間を過ごせる格好の散策路として、宿から鈴木大拙館、そして松風閣庭園へと続く道をおすすめしています。

2階の主寝室。朝は格子越しに光が差し込み、庭に集まる鳥のさえずりが聞こえる。

―あけぼのは202412月にオープンしたばかりです。開業の経緯を教えてください。

一番のきっかけは能登半島地震です。地震からの復興に向け、自分に何ができるかと考えて出した答えが石川での観光事業でした。あけぼのははじめの一歩です。売上の1%を能登復興義援金に寄付しているほか、少しでも地域の伝統文化のアピールになればと、珠洲焼、輪島塗、九谷焼など地域の工芸品を室内各所に飾っています。県内で事業を拡大していき、中長期的に能登の復興に貢献したいという思いがあります。

―宿の周辺は昔ながらの住宅街です。町家を改装して宿泊施設をオープンするということで、地域住民との関係性づくりに苦労されたのではないですか。

あけぼのは大型の町家です。ここが空き家になっているということは、地域の防犯上の課題でもありましたし、同時に、宿泊施設になっていろんな人が出入りすることへの懸念もあったと思います。地域の皆さんに理解していただくために町会に入り、何度か説明会を開きました。すぐ近くに学校もありますから、校長先生にご挨拶したりと丁寧に説明を重ねて今に至ります。
宿がオープンしてからも、定期的に町内の方にあけぼののお庭を見学してもらう機会を設けていますし、タイミングが合えば、通りすがりの方の「ちょっとお庭を見せてもらっていいですか」というご要望にもお応えしています。もちろんコミュニティの一員として、夏には草むしりをし、冬には除雪作業をしています。

「石川・金沢には東京にも京都にもない魅力がある」と話す山本さん。
キッチンやバス、ランドリーなど水回りは現代的にリノベーションされている。使い捨てのプラスチック製アメニティはできる限り排除。宿泊客へのおもてなしに、金沢SDGsパートナーズでもある加賀建設が手掛けるオーガニック棒茶を用意。

―観光は地域の自然や文化、施設やインフラ、そして地域住民など、「まち」の魅力やあり方に根差す産業です。住む人にとっても訪れる人にとってもハッピーな観光について、どうお考えですか。

私は大学院で観光経営の研究に携わりましたが、観光は地域との調和が重要だと考えています。あけぼのでは地域の方ときちんとコミュニケーションを取っていること、そして宿のコンセプトに共感、共鳴していただいている観光客の方にご利用いただいていることから、これまで騒音やゴミのポイ捨てなどのトラブルは一切ありません。
文化体験の一環として、地元の茶道家を招いて茶の湯体験を提供していますが、きものの着付けや写経体験もできますし、アートや工芸品の展示会を開くこともできます。宿泊客の方に庭仕事に携わってもらうアクティビティも面白いかもしれません。町家を宿として適切に活用すれば、金沢の文化や伝統の継承、地域の自然や環境の保全につながるんだということを、実践的に示していければ嬉しいですね。

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