2022.04.04

金沢SDGsツーリズム事業者レポート「TABITAIKENネット」

その土地の文化や風習に親しんだり、エコ&エシカルな宿やお店を選んだり、生物多様性を体感するツアーに参加したり―。観光を楽しみながら、「責任ある旅行者」として地域の自然や文化の保全に貢献できるサステナブルな旅のスタイルが世界中で広がっています。コロナ禍でその動きはさらに進化し、次世代のために旅先をより良い場所にしようというリジェネラティブ・ツーリズムの考え方も注目を集めています。「来た時よりも美しく」という、日本人にとってはなじみのある発想かもしれませんね。

金沢でもこうした新しい旅のニーズを踏まえた「SDGsツーリズム」の実践が始まっており、多くの観光事業者がSDGsの視点で金沢の魅力をひもとき、世界中に発信しています。
SDGsツーリズムは、市民と旅行者が地域の文化と環境を守り、経済的にも持続可能なまちをつくっていこうという思いを共有する場です。両者がともに満足し、双方のしあわせを実現することで、SDGsを体感できるまち金沢の魅力を一緒に高めていく好循環が生まれます。

金沢市は「金沢SDGsツーリズム推進事業補助金」を設置し、SDGsの達成に貢献する観光事業者を支援しています。2020年度は14団体、2021年度は6団体が採択されました。今回は、2年連続で採択を受けた、金沢の森とつながる体験プログラム開発に取り組んできたTABITAIKEN(たびたいけん)ネット」を訪ね、SDGsツーリズムの最前線をレポートします。

(取材日2022318日)

小さな宝物を見つけ、心を動かす”TABITAIKEN”

TABITAIKENネットは、里山の風景や、まちなかの水の流れ、道端の草花、地域の生活文化など、人々の暮らしと共にある自然に目を向けた、さまざまな体験プログラムを企画、実施しています。主計町茶屋街のほど近くにある「taiken lab.たいけんらぼ」を拠点に、体験のフィールドはまちなかから郊外の森や山へ、そして能登の海へも広がっています。

金沢SDGsツーリズムの事業としては、2020年度、県内の森で採取される香木クロモジを使ったエッセンシャルウォーターを開発し、『いつもの森林浴』という商品名で販売を始めました。2021年度はクロモジの用途を拡大するため、お香や蒸留体験プログラムの開発に取り組みました。天然資源の持続可能な活用の流れを促すとともに、自然とのつながりを意識したライフスタイルを発信することで、SDGs12:つくる責任 つかう責任」「15:陸の豊かさも守ろう」の達成に貢献します。

自生するクロモジを探して、春の金沢の森へ

今回のレポートは、自生するクロモジを探して、TABITAIKENネット代表の越石あきこさんに春の金沢の森を案内してもらうことから始まります。

「知らなければそのまま通り過ぎてしまうような場所も、見方や感じ方を知ると、違う風景が見えてくるんですよ」と話す越石さん。その指さす先には、星のような可憐な花が。雪解けを待って花開くオウレンです。 落ち葉が積もる地面には、頭からヒゲのようなものを生やしたドングリが転がっています。これは芽ではなく根だそう。そんな話を聞くと、みずみずしく美しい春の芽吹きを見逃すまいと目が光ります。

越石さんは能登生まれ。能登の里山、里海を遊び場として育ち、「いしかわ自然学校」の創立時から運営や指導者養成に携わってきました。現在は金沢と能登の二拠点暮らしをしながら、自然体験コーディネーターとして活動しています。

越石さんにとって森は、体験プログラムの舞台であり、クロモジを含む多くの宝物を探す場所であり、自分自身の心を整える散歩道でもあります。春の芽吹きだけでなく、冬の落とし物も見逃しません。雪の重みで折れた木の枝が他の木に絡まっていれば、丁寧に払います。人が落としたゴミがあれば拾います。

視線を少し上げると、ありました、クロモジ。黄色の花を咲かせるのはもう少し先で、今の時季は葉芽と花芽をつけています。

クロモジは日本固有種のクスノキ科の低木で、樹皮に黒い斑点が入っているのが特徴です。古くからお茶として飲まれたり、茶席で使われる高級楊枝や「輪かんじき」に加工されたりと、生活の中で使われてきました。

「森林は金沢市の面積の約60%を占めています。50年ほど前までは、木を伐って使って、植えて、育てるという循環がありましたが、近年は手入れが行き届かず、荒れた森が増えています。私たちが商品づくりや体験プログラムに使用するクロモジは、山主さんが森の手入れをする際に伐ったものです。人が手をかけて森から新たな価値を生み出すことで、森林資源の循環を取り戻すことができます。また森に入る体験をきっかけに、リラックスしたり、リフレッシュしたり、五感を研ぎ澄ましてマインドフルネスを実践したり、あるいはゴミを拾ったりと、自分らしい森との関わり方を知ってもらえたらとも思います」(越石さん)

クロモジの蒸留=エッセンシャルウォーターづくりを体験

森を歩いた後は、浅野川のほとりにあるtaiken lab.たいけんらぼへ。水蒸気蒸留法によるクロモジの蒸留を体験させてもらいます。

主計町茶屋町から浅野川の流れに沿って歩き、taiken lab.へ。「中の橋」から2分ほどです。

taiken lab.たいけんらぼは、森とつながるまちなかのベースです。体験プログラムの会場として、あるいは集合・解散場所として使われています。場やモノやコトを、多くの人とシェアしたいという越石さんの思いから、スペースのレンタルも行っています。毎週日曜と月曜は1Fでカフェがオープンします。

クロモジの蒸留体験は、浅野川を見下ろす2Fで行われます。
材料は金沢・能登の森で育ったクロモジと水のみ。
まずは越石さんが、クロモジのこと、心の整え方のこと、持続可能な森のことを話してくれます。

そして実作業スタート。クロモジの枝を、小刀を使って細かく削っていきます。フローラルで爽やかな香りに包まれて、無心になれる作業です。クロモジの香りの主成分は「リナロール」で、リラックスや抗不安、抗菌、抗炎症作用などがあるといわれています。

削ったクロモジを袋に入れ、蒸留器にセットします。
水蒸気蒸留法では、水を沸騰させ、クロモジの芳香成分を含んだ蒸気を冷却器で冷やすことで、精油を含むエッセンシャルウォーター(芳香蒸留水)が抽出されます。

一滴一滴、ゆっくりと蒸留水がたまっていく間、室内全体がクロモジの香りに包まれます。目を閉じると、さきほど森の中で見た風景や気づいたことが呼び覚まされれます。
蒸留を待つ間、プログラム参加者の希望に応じて「オルゴールセラピー」「マインドフルネス」「クロモジの菓子楊枝づくり」「クロモジを使ったクラフトづくり」「ストレッチ・ヨガ」などを体験できます。もちろん、特に何もせず、ぼーっと浅野川の景色を眺めたり、水鳥をのんびりウォッチしたりといった過ごし方もできます。

クロモジを蒸留器に入れて、30分ほどで蒸留が終了。心がしゃきっとするような、すっきりフレッシュな香りです。

完成したエッセンシャルウォーターは、スプレー容器に入れて持ち帰ります。マスクや枕、タオルにシュッとひと吹きしたり、デュフーザーに入れたりと、自宅でいろんな楽しみ方ができます。

蒸留体験プログラムは20224月から本格的にスタートします。天候に左右されず、金沢らしさあふれる絶好の立地で体験ができるのは、大きな魅力ですね。

体験プログラムの詳細はこちら

金沢・能登のクロモジを使ったお香を開発

クロモジを使った新たなアロマ商品として、パウダー化したクロモジと、能登町久田(きゅうでん)地区に伝わる久田和紙や、能登の炭焼きの炭を組み合わせたお香ももうすぐ完成します。
商品開発はデザイナーの鹿島彩加さんが担当し、既存のエッセンシャルウォーター『いつもの森林浴』も含めて『anonne(あのんね)』というブランドで展開していく計画です。「あのぉんねぇ」は、「あのね」と呼びかける語尾に金沢独特の抑揚がついたもので、なんとも可愛らしい響きです。

鹿島さん(左)は体験プログラムに参加したことをきっかけに越石さんと意気投合。『いつもの森林浴』のラベルのデザインも手がけました。

「久田和紙の保存団体の方にお願いしてクロモジの粉を漉き込んだ『紙香』を作ったり、炭を混ぜてベーシックな『お線香』にしたり、可愛らしいモチーフの『印香』にしたりと、香りの調整を含めてさまざまなかたちを試作しています。パッケージは、金沢・能登から全国に香りのメッセージを届けるということで、紙製の封筒のようなデザインにします」(鹿島さん)

パッケージを薄く軽くして「もったいない」を省く一方で、お香に使われているクロモジがいつどこの森で採取されたのか分かるようにしたり、クロモジの葉を漉き込んだ和紙カードを添えたりと、物語性はふんだんに盛り込みます。

商品とその背景を紹介するWebサイトも準備中です。山主さんの声や、森林保全に取り組む人たちの声、和紙や炭焼きの生産者の声。クロモジを中心につながる人々の情報を発信し、地域資源の有効活用の意義について発信していきます。

「旅行者と金沢」「人と森」の持続的な関係を結ぶツーリズム

自然体験ツアーというと、秘境に足を踏み入れるアドベンチャー的なイメージがあります。金沢にはそうした大自然はないかもしれませんが、人々の生活に結びついた鎮守の森や里山、水の流れがあります。だからこそ、市民生活と調和した持続可能なSGDsツーリズムのあり方が大きな意味を持ちます。

TABITAIKENネットが提供するのは、地域の自然・人・文化にふれる体験プログラムです。足元にある光に気づき、「気持ちいいな」「きれいだな」「おもしろいな」と小さな幸福感を得る体験することは、実は大きな価値があります。それは金沢に住む人にとっても、金沢を訪れる人にとっても同じです。
金沢の森から生まれたアロマ商品や、金沢の森を訪ねる体験プログラムは、「旅行者と金沢」「人と森」の持続的なつながりを結んでくれます。

金沢SDGsツーリズム推進事業補助金 採択事業一覧

2020(令和2)年度
◎九谷光仙窯/KUTANI CORE TURISM
◎ゲストハウスPongyi/用水の街金沢 オンラインエコ体感プログラム
◎コッコレかないわ(加賀建設株式会社)/ナッジdeキヅキ SDGsプロジェクト
◎株式会社こはく/市場のある暮らし もったいないでロスを減らそう
◎株式会社こみんぐる/旅音(こみんぐる.WORK
◎蒼風庵/脱プラスチック・脱使い捨て 森林資源活用で快適な空間を
◎高田蒔絵工房/金継ぎ~持続可能な伝統工芸~
TABITAIKENネット/金沢の森と人を元気に! 森林浴と香りプロジェクト
◎一般社団法人TryAngle/宿泊・観光事業者へのユニバーサルツーリズムオンライン研修&「医療的ケア児 の旅行ガイドライン」無償配布
◎株式会社トラベルアイ/金沢の魅力を再発見!寺町寺院群を巡る 「まちのり」ガイドツアー
◎北陸鉄道株式会社/金沢SDGsツーリズムに係る鉄道・バスモデルコースの社内提案募集及び対外広報
◎株式会社YOU-I JAPAN/金沢の庭園発見プロジェクト ー市民も観光客も庭師になろう!
UIGI株式会社/ダイバーシティ金沢LGBTQセーフプレイス&ツーリズム
◎ラッピングアトリエ金澤くるみ/金沢紙袋プロジェクト ~みんなでシェアする金沢紙袋の提案~

2021(令和3)年度
kanazaWAZA研究所/放置竹林で行うサスティナアート「TAKETOKI」体験ツアー
◎一般社団法人金沢レインボープライド/金沢LGBTQ+フレンドリー・ツーリズム  LGBTQ+コミュニティと観光産業との産民学協働による商品・サービスのモデル 開発・発信事業 ~金沢レインボー応援宣言(仮称)のキックオフ~
◎協同組合兼六園観光協会/兼六園SDGsツーリズム推進プロジェク ト
TABITAIKENネット/金沢・能登の里山をいかすSDGs 香りプ ロジェクト
◎株式会社できる/SDGs 里山田んぼカフェ
◎株式会社トラベルアイ/からだにやさしい、地域にやさしい、 地球にやさしい焼き菓子屋さん

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