2021.10.27

会員インタビューvol.12 株式会社四十萬谷本舗

自然と共生すること。
地域に根ざした「食」のちから。
発酵食品が教えてくれる、あれこれ。

四十萬谷本舗の専務取締役で6代目修行中の四十万谷正和さん(左)と、長年工場長として発酵食品作りの采配を振るう山中和幸さん(右)。 本店奥は発酵スイーツや発酵ランチが食べられるカフェスペースになっている。

「“これ”を食べないとお正月が来た気がしない」
「県外の方へのお歳暮は毎年”これ”に決めている」
”これ”とは「かぶら寿し」のこと。かぶに鰤を挟み込み糀で漬け込んだ、石川・金沢を代表する伝統的な発酵食品です。
もともと食材の保存性を高めることを目的として作られてきた発酵食品ですが、微生物のちからで旨味や栄養価が増すというメリットもあります。日本人は発酵の恩恵にあずかるための努力を惜しまず、味噌に醤油、日本酒に漬物と、多種多様な発酵食品を生み出してきました。
訪れたのは、かぶら寿しや漬物で知られる明治8年創業の老舗、四十萬谷本舗の本店。発酵という自然のしくみとともにある、サステナブルな営みについてお聞きました。

―最近は健康志向の高まりから発酵食品の魅力が見直されていますが、ニーズの変化をどう捉えていらっしゃいますか。

《山中工場長》昨年はコロナによる外出自粛で外食の機会が減ったことから、発酵食品を求めてくださるお客様が増えました。また家で過ごす時間が長くなって「手づくり」に目覚める人が増え、手軽に糀漬け、糠漬けを作ることができるキット商品が人気を集めています。

《四十万谷専務》以前から発酵食品や糀の良さを伝える体験教室も行っていて、ご家族や団体など多くの方に参加していただいています。コロナ禍ではオンラインでも実施しましたが、これも好評で、これまであまりきっかけがなかった方々に発酵の世界にふれていただくことができました。

《山中工場長》一方で食卓は洋食化していますから、漬物の消費量は減少しています。かぶら寿しが看板商品であるのは変わりませんが、海の幸と発酵のチカラを掛け合わせた製品など、現代の食生活や嗜好にすっと入っていくような新商品の開発にも力を入れているところです。

工場長を務める山中さんの口ぶりからは、発酵食品に対する造詣と愛情の深さがうかがえる。

―伝統的な発酵食品はもちろん、新しい視点で柔軟に「発酵食品のある暮らし」を提案されているんですね。そのあたりがサステナブルな経営やSDGsにつながりそうです。

《四十万谷専務》SDGsについてはまだしっかり学んでいるわけではないのですが、金沢SDGs1)古くて新しくて心地よいまち~自然、歴史、文化に立脚したまちづくりをすすめる~ については、私たちの扱う「食」にも金沢の自然、歴史、文化が詰まっていると感じています。
ただ当社の歴史を紐解くと、ずっと発酵食品を作ってきたわけではありません。創業者は農家出身で、木材・油を扱う商社のようなことを始め、それが醤油・味噌作りに変わり、戦時中から漬物を作るようになりました。長い間、「漬物屋」というイメージで商売を続けてきましたが、10年ほど前から「発酵食品」へと商品をシフトしています。私の父で5代目になりますが、家訓めいたものは無いんです。ただ、「変わってもいいんだよ」ということはよく言われます。それを先人からのメッセージだと思って、今の時代に合わせたものを作ってお届けすることを大切にしています。食べる人に「伝統的なものだから」と押し付けるのではなく、「美味しくて健康に良くて、発酵っていいね」と受け入れてもらえることが第一だと考えています。

専務取締役の四十万谷さんは大学卒業後、大手食品メーカーで約11年間勤務。2017年、家業を継ぐべく金沢に戻ってきた。

―食品加工や流通技術が発展し、さまざまな加工食品が生産、販売されています。その中で、発酵食品の魅力というのは、どういうところにあると思いますか。

《山中工場長》冷蔵庫などなかった時代、人々はいかに長く食材を保存するかということに知恵を絞り、さまざまな方法を編み出してきました。 発酵もそのひとつです。食品工場で大量生産される食品は、味も品質も均一で手に取りやすいものです。一方で発酵食品は日が経つと発酵が進み、味が変わっていきます。かぶら寿しも、浅漬かりの甘めのものが好きという方もいれば、発酵が進んで酸味が出たものがいいという方もいます。微生物のちからがあって美味しいものや身体によいものができるということが、発酵食品の魅力ではないでしょうか。そして今の時代、特に子供たちにとって、自分の五感を通じて発酵を感じ、食を楽しむ感覚を養うことも大切ではないかと思ってます。

《四十万谷専務》誰にとっても「特別な味」というものがありますが、地域に根づいた郷土食としての発酵食品というのは特別なものだと思います。特にお正月やハレの日に食べられてきたかぶら寿しは、かけがえのない人や地域の記憶と結びついています。先日も、ご病気の方が「最後にどうしてもかぶら寿しが食べたい」とおっしゃったということでご家族の方が買い求めていかれたと聞き、胸に迫るものがありました。

かぶら寿しは、塩漬けしたかぶに塩漬けした鰤を挟み、米糀で漬け込んで発酵させた石川県伝統の発酵食品で、「なれずし」の一種。米糀を使用するため、優しく豊かな味わいと香りが特徴。 四十萬谷本舗では夏でも美味しいかぶらの栽培と発酵のコントロールに成功し、夏のかぶら寿し「金城かぶら寿し 夏糀」を開発している。

―地域の文化や風土に根ざした「食」のちからを感じます。平成21年には自社農場「しじまやファーム」を立ち上げて、かぶを栽培されています。農業から始めて発酵食品作りをされているんですね。

《四十万谷専務》自社農園の立ち上げに際しては、原材料の安定確保というねらいのほか、より良い商品づくりをする上で栽培の苦労を理解し、地域の農家のみなさんと一緒に発展していきたいという当社代表の思いがありました。農家の方々に「よいかぶを作ってください」とお願いするだけでなく、自分たちもその苦労を分かったうえで、一緒にいいものを作っていきたいと考えたようです。

《山中工場長》かぶら寿しは、水 、米、かぶ、ぶりと、山から海に至るあらゆる自然の恵みがあって初めてできあがることが特徴です。自然のものが原料なので、異常気象など環境変化の影響を受けやすいんです。例えば、気候が変わると農作物の収量や生育状態が変わってきます。実際、当社の漬物商品の中でも、原材料が手に入らなくなり生産をやめたものもあります。また海のものでも、イカやニシン、カズノコなど、今後入手が困難になりそうなものがあり、大きな課題になっています。

《四十万谷専務》農業に関しては、小さなスケールですが循環型の農業に取り組み、金沢SDGs2)“もったいない”がないまち~環境への負荷を少なくし資源循環型社会をつくる~ に繋がっているのではないかと思います。かぶら寿しというものは贅沢な食べ物で、丸いかぶの真ん中の部分しか使いません。また、割れたり、すが入ったりしたものも商品にはできません。もったいないですし、廃棄の費用もかさんでいました。そこで工場長が中心となってさまざまな方法を検討し、機械を導入して野菜くずを粉砕、乾燥させて肥料として畑に戻すことを始めました。これにより、廃棄コストも大きく下がりましたし、自然に優しいものづくりの体制に近づきました。

自社農園「しじまやファーム」では、かぶら寿しに使う「百万石青首かぶら」を主に栽培。商品化できないかぶを粉砕、乾燥させたものを肥料として活用し循環型農業につなげている。

―海山の食材も、発酵の知恵と技術も、地域の食文化も、丸ごと次世代に残していきたいものですね。

《四十万谷専務》かぶら寿しはかつては各家庭で手作りされていましたが、下ごしらえが大変で、今はなかなか気軽に作れるものではありません。また核家族化により家庭で教えてくれる人がいないということもあります。当社のかぶら寿し作りの体験教室には、毎年参加される方、親子や3世代で参加される方もいます。もともとは家庭が担っていた地域の生活文化や食文化の継承を四十萬谷本舗がお手伝いできる、というところにも意義を感じています。

明治時代の商家造りの本店で行うかぶら寿し漬け込み体験や糀漬け体験は、市民にも観光客にも好評。同社の発酵文化研究員が、発酵のしくみや糀の魅力を説明してくれる。
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