2021.07.21

会員インタビューvol.09 蒼風庵

暮らすように旅して知る
サステイナブルな日常のヒント

「金澤町家」に認定されている蒼風庵。奥に見えるのは尾崎神社。

迷路のように入り組んだ路地が多い金沢では、長く住んでいる人でもちょっと寄り道すると「こんなところがあったんだ」とはっとするような一画に行き当たることがあります。蒼風庵も、多くの人が行き交う観光エリアの知られざる一画にあります。長く地域の風景にたたずみ、家族の時間を包んできた築90年の金澤町家は、現在は一棟貸しの宿に。そして変わらず地域の風景にたたずみ、旅人の時間を包んでいます。
旅の目的やスタイルは変化しています。蒼風庵では金沢SDGsツーリズム推進事業の補助金を活用し、宿の脱プラスチック・脱使い捨て、地域の森林資源の活用などに取り組んでいます。町家の宿に滞在することで人々に感じてほしいこと、知ってほしいことを、女将の藤田和代さんにお聞きしました。

―苔がきれいな中庭があって、お座敷は風炉が切ってあって、檜が香る五右衛門風風呂があって…、すてきな宿ですね。2018年の秋にオープンされたということですが、その経緯を教えてください。

私は犀川のほとりの町家で生まれ育ったんです。地域のお母さん方がうちに集まって、お花やお茶の先生に来てもらってお稽古をして、そこに子どもたちも交じって見よう見まねでお花を活ける―、なんてことが当たり前の時代でした。そうした豊かな体験が忘れられず、金沢の文化や暮らしぶりを伝える「町家の宿」を仕事にしようと決意しました。
この建物は築90年以上になりますが、前の家主さんはとてもきれいに住まわれていて、間取りはほぼそのまま、水まわりと傷んでいる部分を中心に最低限の改修を行いました。水屋箪笥をキッチン収納に活用したり、独特のゆらぎがある古いガラスを組み替えた建具を入れたり、この家に受け継がれてきたものを大切に再利用しています。中庭は、竹もギボウシも、以前から植栽されていたものを活かしています。
今ちょうど夏用の建具に変えたところなのですが、市内の別の町家の持ち主の方から「よかったら使ってほしい」と譲っていただいた簀戸を入れています。「住み継ぐ」ということはこういうことなんだなと、実感しています。

「レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)」について、「地域に対する責任と、次世代に対する責任を常に意識している」と話す藤田さん。

―宿にいらっしゃるお客様の反応はいかがですか。

昭和の時代そのままの家ですから、日本のお客様ですと「昔こんな家に住んでいたなあ」と懐かしそうにおっしゃいます。フランス、イギリスなど海外からいらっしゃった方は「ビューティフル!」と目を輝かせます。どうやって室内の手入れをしているのかとよく聞かれるのですが、「水拭きしているだけです」と答えると驚かれます。
金沢ならではの文化にふれてほしいと、ここで茶道、書道、三味線などの体験プログラムも行っています。茶道体験は小学生のお子様でも気軽に楽しんでもらえますし、書道体験は特に海外の方に人気です。

2階の和室。苔が美しい中庭は、光や風の通り道。外と中とが一体となった空間に、虫の音や鳥のさえずりが響く。

―「町家の宿」を仕事にする中で、藤田さん自身が気づくことも多いのではないでしょうか。

蒼風庵がある小路に一歩踏み込むと、時間が止まったような雰囲気が感じられます。まちのまんなかですが静かで緑も豊か。お隣の庭には大きな栗の木やモミジがあって借景として楽しませてもらっています。小路の先は行き止まりですが、たまに観光客の方が迷い込んでくることがあります。玄関先に鉢植えを並べているご近所さんは、「花を見てちょっとでも楽しんでもらえれば」とおっしゃっていて。道行く人の目を楽しませるために花や緑を育てる、という金沢の人々の心の持ちようを改めて知りました。私も通りに花を飾ったり、近所の空き家の前の除草や雪かきをしたりして、このまちなみを守っています。

昔ながらの鋳物の五右衛門風呂。

―金沢では持続可能な観光をめざす取り組みが始まっています。地域住民への配慮や、地域の持つありのままの魅力を活かす視点は重要ですね。

一棟貸しの宿の中には、お客様が宿スタッフとほとんど顔を合わせずに過ごす宿もありますが、そのような場合は大声や路上喫煙などのトラブルが生じやすくなる傾向があります。蒼風庵では、チェックイン・アウト時に必ず私が対応し、節度を持って金沢を楽しんでほしいとお願いしています。素泊まりの宿ですので、近隣のすてきな飲食店や地元の人が通う隠れたスポットをご紹介して、宿だけではなく一帯を盛り上げていきたいと考えています。

古道具やレトロな置物が室内のアクセントに。古い時代の「はちまんさん」は、今よりも素朴な表情。

―脱プラスチック・脱使い捨てや、森林資源の活用に取り組まれているとのことですが、詳しく教えてください。

使い捨てアメニティの問題は、宿泊業界が取り組むべき環境課題のひとつです。以前は蒼風庵でもプラスチック製の使い捨ての歯ブラシやヘアコームを用意していました。私自身がいろんな製品を試して選んだものですが、やはり使い心地がよくありません。そして数回使っただけでゴミになってしまいます。一方、海外のお客様の大半は使い捨てを避け、自分で持参したものを使われます。「宿には使い捨てアメニティがあるべき」という必要性は薄れてきています。そんなことから、使い心地が良く、さらに使い捨てずに持ち帰って家でも使い続けたくなるオーガニックの竹歯ブラシ、竹ヘアコームに切り替えました。パッケージも竹端材を練りこんだ竹紙なんですよ。
もうひとつ、コロナ禍で必要な除菌や快適な空間づくりのために、金沢産クロモジや能登産ノトヒバを水蒸気蒸留して作ったエッセンシャルウォーターを使用しています。これは地域の森と林業を守ることにつながります。

竹製歯ブラシ、ヘアコームは蒼風庵で販売も行っている。エッセンシャルウォーターは、石川県内でさまざまな自然体験プログラムを行っている「TABITAIKENネット」が開発したもの。

―暮らすように滞在できる町家の宿は、人々が環境問題を自分の生活と結び付けて考える場になりそうですね。

古いものや、使わなくなったけれども捨てるにはもったいないものを再生して使うのは、建物の改修時からの一貫した姿勢です。蒼風庵で過ごすことが、季節の移り変わりに寄り添ったサステイナブルな暮らしの魅力に気づき、ご自身の日常で環境に配慮した日用品を選ぶきっかけになれば嬉しいですね。

キッチンはもともとの建具を活用しながら機能的に。食器洗いスポンジの代わりに洗剤フリー&マイクロプラスチックフリーの木綿ふきんを置く。「ふきんとしての役割を終えたら雑巾として、長く使い続けることができます」(藤田さん)
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