2021.06.24

会員インタビューvol.08 浄土宗 安養山 弘願院

「食」と一緒に「心」も届け
おそなえ・おさがり・おすそわけのフードドライブ

弘願院では、家庭で食べきれず余っている食品(未開封で賞味期限が1カ月半以上残った常温食品)や、日用品(マスク・ティッシュ・タオル・洗剤など)を募っている。本堂にて9時~16時に受け付け、不在時用の箱も置いている。

片町を抜け、犀川大橋を渡り、蛤坂を始点とする旧鶴来街道を上ったあたりから左右にお寺の姿が見えてきます。六斗の広見に至る手前を右に折れると、小路の先に小さな山門と赤い前掛けのお地蔵さま、そしてSDGsのカラフルなのぼりが見えます。
金沢の昔と今が交差する寺町寺院群に、弘願院(ぐがんいん)はあります。創建は1645 (正保2)年。現在の本堂は江戸中期の貴重な建造物です。
住職の森岡達圭(たっけい)さんは山口県生まれ。縁あって2018年に弘願院の住職となり、昨年7月からフードドライブの取り組みを始めました。35歳の若き住職は、人々が古くから大切にしてきたことに思いを寄せ、今の時代にふさわしいアクションとメッセージを発信しています。

―山口生まれの森岡住職が、寺町寺院群の弘願院の住職になり、フードドライブを始めるまでの経緯を教えてください。

私は山口県下関市のお寺に生まれました。海と田んぼに挟まれ、コンビニも信号もない田舎町でしたが、人々の生活の中にお寺の存在が溶け込んでいました。京都の大学でお坊さんになるための勉強をし、卒業後はそのまま大学の事務職員として就職しました。その後、結婚を経て2018年に金沢に移住し、弘願院の住職になりました。
こちらに来た当初に感じたのは「檀家さんやご近所さんとの距離が遠いな」ということでした。自分にとっての原風景、原体験は、地域の人がお寺のことを何でも知っているという距離感でしたから、少し寂しく感じました。

「心の距離が近い、心の拠り所となるお寺を目指している」という森岡住職。

―そこに新型コロナウイルスの問題で、人と人が物理的に距離をとらなければいけない、ということになってしまいましたね。

そうなんです。コロナ禍ではっと気づいたのは、多くの方が大変な苦労され、さまざまな工夫をしながら働いていらっしゃる中で、「改めてお寺の役割とは何だろうか、お寺ができることは何だろうか」ということです。ご縁をいただいた地域のためにできることはないか、一時的なイベントではなく継続してできることは何だろうかと考えて始めたのがフードドライブです。「弘願院ともいきフードドライブ」という名称で、ご家庭で余っている食品の寄付を募り、地域の子ども食堂や児童養護施設、ひとり親家庭を支援する団体にお届けしています。

毎年、春のお彼岸の時期に行っている寺宝「絹本地刺繍仏涅槃図」の一般公開で、今年は拝観料として食品の寄付を募ることを企画。感染症対策のため1 日 8 人までの限定公開となったが、2 週間で参詣者は 79 名、 集まった食品 は120 点以上にのぼった。

―自治体をはじめ、いろんな企業や団体がフードドライブを行っていますが、お寺が取り組むというのはユニークですね。

関西のお寺の取り組みを参考にしたのですが、集まった食品はいったんお寺の仏さまに「おそなえ」し、その後「おさがり」として「おすそわけ」するというかたちをとっています。わざわざおそなえするなんて、言ってみれば古くさいことをやっているんです。でもそうすることで、人と人の心をつなぐことができます。自動化、機械化が進む世の中ですが、人の心を動かせるのはやっぱり人なんです。
大量生産、大量消費、大量廃棄の今の時代には、ものを大切にする思いが薄れ、他者に対する関心も希薄になります。そんな中で、食べ物に感謝する気持ち、仏さまにおそなえするという行為を通じて人の役に立ちたいという気持ちを呼び起こし、食品を通じて心を託すことができるのは、お寺のフードドライブならではです。食品と一緒に、人々の善意がめぐっていることが分かるよう、持ち寄っていただいた品を施設などにお届けする際は、ともいきフードドライブのチラシも添えています。

SDGsの理念は仏教と親和性が高い。お寺が人と人の縁をつなぎ、フードロスや貧困問題などの地域の課題に取り組んでいく姿は、まさに「17:パートナーシップで目標を達成しよう」を体現している。

―仏教の教えをもとに、フードロス問題や貧困問題の改善に取り組んでいく。お寺にしかできないフードドライブですね。SDGsに関連づけて発信するようになったのは、どんな思いからなのですか。

ともいきフードドライブという名前の由来にもなっているのですが、浄土宗には、すべてのいのちのつながりを大切に支え合う「共生(ともいき)」という考え方があります。「誰一人取り残さない」という約束を掲げるSDGsに出会い、ともいきそのものだと感じました。

住職自ら花を植えた寺内は、簡素ながら柔らかな空気が漂う。

―活動を始めて一年になりますが、周囲の反応、反響はいかがですか?

檀家さんに呼びかけたり、町会長さんに頼んで町会の掲示板にチラシを貼らせてもらったり、またお寺のホームページやSNSで発信したりして、少しずつ食品が集まるようになりました。当初はなぜお寺がそんなことをする必要があるのか、という声もありましたが、「このお寺の利益のためでなく、地域のためにするんです」と自信を持って答えました。
大きな袋いっぱいに食品をいただくこともあれば、調味料ひとつということもあります。お月参りにうかがった檀家さんで「これ良かったら持って行って」とお菓子をいただくこともあります。それぞれの方が、自分のできる範囲で誰かのためになることをしたい、という思いをくみ取れることが嬉しいですね。
つい先日、とてもありがたい出来事がありました。私が不在にするときのために、本堂の前に食品を入れていただく箱を置いているのですが、そこに「未使用の鉛筆を持ってきました。お役に立つでしょうか」と添えて、ご家庭にあったものを集めたのでしょう、20本ほどのバラの鉛筆をケースにまとめたものが入っていました。この方の思いをお預かりすることができて、本当に嬉しく思いました

―人々の心のよりどころとしてのお寺の役割を実感する、すてきな出来事ですね。今後の活動の展望を教えてください。

当面は今のかたちで地道に続けていきながら、将来的には、食品を必要とする方にお寺に直接取りに来ていただけるような体制を整えたいです。近隣の浄土宗のお寺に連携を呼びかけることをはもちろん、宗派を超えて活動を広げることができたらとも思っています。
もっとも、食品を寄付しようという際に、必ずしもお寺に持ってきてもらう必要はないんです。金沢市でも各所で食品を受け付けています。大切なのは、食べ物をむだにしないこと、必要としている人につなぐことです。ともいきフードドライブについて発信することが、多くの人が行動を起こすきっかけになればと思います。

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